すべてどちらもあっている。
有史以来、どちらが正しいのかという議論が続けられてきました。
ただ、今日に至るまで結論は出ていません。
これは、当然のことであり、その理由は、どちらもあっているからです。
たとえば、Aさんは、性善説およびY理論を信じている。
Bさんは、性悪説およびX理論を信じている。
そうすると、Aさんには、自分の思考が証明されるような現象が引き寄せられる。
同様に、Bさんには、自分の思考が証明されるような現象が引き寄せられる。
それぞれの思考が引き寄せの法則により現実化するわけです。
そのため、Aさんとって、世界は性善説でありY理論で構築されていますが、Bさんにとっては逆になるわけです。
場合によっては、同じ現象をみても、AさんとBさんの受け取り方が真逆だったりするのです。
その結果、言えることは、どちらもあっているということ。
世界はその人の思考を反映しているだけであり、どちらが正しいかということで議論することは意味が無いといえます。
では、どちらもあっているという前提で考えたとき、我々はどちらを選択すればよいのか。
それは、自分の感情を優先することだと思います。
幸せや自由、愛を感じるかどうかです。
性善説で世界を捉えた方が幸せになれるのか。
性悪説で世界を捉えた方が幸せになれるのか。
どちらかを自分の感情のままに自由に選択すればいいのだと思います。
その選択の自由がすべての人に与えられている。
だからこそ、世界はおもしろいのですね。
ありがとうございます。









